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広島地方裁判所呉支部 昭和44年(ワ)2号 判決 1972年11月27日

原告 株式会社 久保田組

右代表者代表取締役 久保田義勇

右訴訟代理人弁護士 早川義彦

同 山本敬是

被告 株式会社 小松製作所

右代表者代表取締役 河合良一

右訴訟代理人弁護士 松本正一

同 前原仁幸

同 森口悦克

主文

一  被告は原告に対し、金三四六万六六六七円およびこれに対する昭和四四年一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告、その一を被告の各負担とする。

四  本判決は、原告が金五〇万円の担保を供するときは、主文第一項にかぎり仮に執行することができる。

ただし、被告が金三〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

一  被告は原告に対し、金七〇〇万円およびこれに対する昭和四四年一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言

(被告)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決ならびに仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

(請求原因)

一  原告は、昭和四二年一二月五日頃訴外昭和機材株式会社(以下「昭和機材」という。)から、その占有にかかるドーザーショベル一台(小松製D五〇S型第二七四〇四号。以下「本件機械」という。)を代金一八〇万円で買受けて直ちに引渡を受け、その所有権を即時取得した。

二  被告は、同年一二月二六日、原告外一名を被申請人とする動産仮処分事件(当裁判所昭和四二年(ヨ)第七二号)において、本件機械につき原告の占有をといて執行官に保管させる旨の仮処分決定を得てこれを執行し、本件機械を引き揚げたが、原告から、本件機械が原告の所有であることを理由として右仮処分決定に対し異議を申し立て(当裁判所昭和四三年(モ)第一三号事件)、右申立が認容された結果、被告は、昭和四三年九月一八日に至ってようやく本件機械を原告に返還した。

三  被告は、右仮処分申請に際し、本件機械の権利の移転関係について充分な調査を尽くさず、占有者である原告に一言の照会もしなかったばかりか、本件機械の保管場所である原告の砂利採取現場に誰れもいない夜間を選んで右仮処分を執行したものであって、原告は、このような被告の過失にもとづく違法な仮処分によって本件機械の使用を妨げられ、原告の主たる営業目的である砂利採取作業に致命的な打撃を蒙った。

四  原告が右仮処分により蒙った損害は次のとおりである。

(一)(1) 本件機械使用前の原告の砂利採取量は、昭和四二年九月が五一六一立方米、一〇月および一一月がそれぞれ五九〇〇立方米であったところ、本件機械の使用により同年一二月の採取量は七九〇三立方米と増加した。ところが、被告が本件機械を引き揚げたため、採取量は、昭和四三年一月五五四一立方米、二月五二五八立方米、三月五七五九立方米と再び減少した。このように、原告は、本件機械の使用を妨害されたことにより、少くとも一ヶ月二〇〇〇立方米の砂利採取量の低下を来たした。

(2) 昭和四三年一月から九月までの砂利一立方米の売却価格は五〇〇円である。

(3) したがって、原告は、本件機械の使用を妨げられた八ヶ月と二〇日の間に総水揚金額八六〇万円の売上減を余儀なくされたが、そのうち砂利採取について要する諸経費を差引き、少くとも六五〇万円の得べかりし利益を喪失して右相当額の損害を蒙った。

(二) 原告は、被告の右仮処分により、多数の得意先に対する信用を失墜し、その損失は計り知れないものがあるから、この無形の損害を慰藉すべき額は五〇万円が相当である。

五  よって、原告は、被告に対し、損害賠償として右合計七〇〇万円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四四年一月一七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する答弁)

一  請求原因第一項は否認する。

二  同第二項は認める。

三  同第三項は否認する。

被告は、昭和四一年七月二二日訴外友寄宏に本件機械を代金五七二万円、二二回払、代金完済まで所有権留保等の約定で売渡し、その後訴外小松重機工事株式会社(以下「小松重機」という。)が友寄から買主たる地位を承継したが、当時売買代金未払額は二一二万円残存していた。ところが、昭和機材は、小松重機が倒産の危機に瀕していた昭和四二年一一月二五日、その所有権が被告に留保されていることを知りながら、本件機械を買受けたと称し、小松重機の工事現場から搬出した。そこで、被告は、小松重機の社長小松誠一および同社員、昭和機材の大阪営業所長鶴亀富貴雄および同社員、運送依頼を受けた土建業者辻中茂雄らから事情を聴取し、本件機械の転売関係について照会したところ、昭和機材から転売の事実を否定し原告に保管させている旨の回答があったので本件仮処分をしたものであって、被告に過失はない。

四  同第四項は否認する。

(抗弁)

本件機械は、前記のとおり、当初被告が友寄に所有権留保特約つきで割賦販売し、小松重機が買主たる地位を承継するとともにこれを占有するに至ったもので、昭和四二年一一月末当時、本件機械についてはなお二一二万円の売買代金未払額が残存していたものであるが、昭和機材は、小松重機が倒産騒ぎの最中、その意思に反して深夜に本件機械を搬出したうえ原告に引渡したばかりでなく、昭和機材および原告は、本件機械の所有権が被告に所属していることを知悉していたものである。

また、本件機械のような建設機械は、相当長期に亘る割賦販売取引が多く、その場合代金完済まで売主たる製造業者に所有権が留保されていることは土木建設業界における常態であり、しかも、広島市には被告の中国支店が、呉市にはデイラーの共和工業株式会社がそれぞれ存在するのであるから、原告は、被告の製品であることが判明している本件機械の取引にあたって、代金決済の有無を容易に確認し得たにもかかわらず、軽卒にもこのような所有関係を確認するための相当な措置を全く購ずることなく、小松重機作成の譲渡証を見たのみで買受けたものである。

以上のように、原告は、平穏かつ公然に本件機械の占有を始めたものではなく、昭和機材が無権利者であることにつき悪意であるか、仮に善意であったとしても過失があったものであるから、本件機械の所有権を即時取得するいわれはない。

(抗弁に対する答弁)

すべて否認する。

原告は、本件機械が昭和機材の占有管理のもとにあり、その前主である小松重機の昭和機材に対する譲渡証の提示を受け、昭和機材が本件機械の正当な権利者であると確信してこれを買受けたものである。

第三証拠関係≪省略≫

理由

一  原告が本件機械の所有権を取得したかどうかについて判断する。

(一)  ≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

原告は、川砂利の採取、販売および建設工事請負等を業とする会社であるが、昭和四二年八月頃、かねて取引のあった土木建設機械、産業機械類の販売業者である昭和機材に対し、川砂採取に使用するためクラムシェル一台を買入れるべく注文し、同年九月および一〇月に代金の一部前払として各三〇万円(計六〇万円)を送金した。ところが、注文品をなかなか送付しないので、原告が再三督促したところ、同年一一月下旬頃昭和機材から、万国博や風水害で中古車が不足しているので、ドーザーショベルを送るから我慢してほしい旨の電話連絡があり、その数日後、昭和機材の手によって、原告の作業現場である呉市広町の二級峡ダムの砂利採取現場に本件機械が搬入され、原告に引渡された。そこで、原告は、本件機械を暫く試験的に使用したうえ、原告代表者が昭和機材大阪営業所へ赴いて、同営業所長鶴亀富貴男と売買の交渉をした結果、同年一二月五日、当初の注文どおりの機械でないことをも斟酌して若干値引きし代金一八〇万円で売買契約が成立し、原告は、同年一一月末に送金した三〇万円を含め既に支払済の九〇万円を差引いた残額九〇万円を支払って昭和機材から原告宛の本件機械の譲渡証の交付を受けた。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  ところで、≪証拠省略≫によると、本件機械は、被告が昭和四一年七月二二日、訴外友寄宏に対し代金五七二万円、二二回の月賦払、代金完済まで被告に所有権を留保するなどの約定のもとに売り渡しその後小松重機が友寄から買主たる地位を承継したものであって、昭和四二年一一月末現在において二九二万円、同年一二月二六日現在においても二一二万円の未払代金が残存していたから、原告が昭和機材から本件機械を買受けた同月五日当時、本件機械の所有権は、依然として被告に留保されていたことが認められ、右認定を覆し得る証拠はない。

(三)  そこで、被告の抗弁について検討する。

原告の昭和機材からの本件機械の占有の取得が平穏、公然でなく、かつ本件機械が売主たる昭和機材の所有に属しないことを原告が知っていたとの被告主張事実は、本件の全証拠によっても未だこれを認めることができない。

次に、原告の過失の有無についてみるに、≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  昭和機材は、前記のとおり土木建設機械、産業機械の販売業者であって、新品ばかりでなく中古品も取扱っていた相当大手の商社であり、原告は、昭和四一年七月頃から昭和機材と建設機械の購入取引を開始し、爾来本件機械の売買契約が成立した昭和四二年一二月までの約一年半足らずの間に、総額三六〇〇万円にのぼる各種メーカーの建設機械を新品および中古品とりまぜて買入れていたが、本件機械のように後日その所有権の帰属が問題になったものは一台もなかった。

(2)  原告代表者は、昭和機材から本件機械を買受けるにあたって、同会社の鶴亀大阪営業所長と交渉した際、本件機械の信用について質問したところ、鶴亀所長は、小松重機から昭和機材宛の昭和四二年八月一五日付の本件機械の譲渡証を示して、「このとおり売買ができており、ぐずぐずいわれるような品物ではない。」と説明したので、原告代表者は、従来の取引の実績に照らしても鶴亀所長の言葉をそのまま信用して買受けた。

(3)  建設機械の製造業者によって組織された日本産業機械工業会が、本件機械のような建設機械について、昭和四六年六月一日以降盗難、詐欺もしくは割賦販売の代金食逃げなどを防止するための自主規程として、製造業者において代金全額の支払を受け、買主に所有権が完全に移転した時点で譲渡証明書を発行し、ユーザーは、機械を他に譲渡する場合この譲渡証明書が必要である旨を取り決めたことはあるが、同日以前には、建設機械の製造、販売業界において、右のような譲渡証明書の発行が一般的な取引慣行として行われていたわけではなく、現に被告の取扱としても、所有者から特に依頼を受けたとき以外は譲渡証明書を発行していなかったし、また、原告が昭和機材から本件機械の売買以前に中古品を買い受けた際、製造業者の譲渡証明書が添付されていたことはなかった。

以上のとおり認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右認定の事実によると、原告が、本件機械の製造元である被告に対し所有権の帰属について照会することなく、昭和機材が前主小松重機から本件機械を買受けてその所有権を取得したものと信じたことをもって原告に過失があったものということはできないし、他に原告に過失があったことを肯認すべき証拠はない。

そうすると、被告の抗弁はすべて採用できないから、原告は本件機械の所有権を即時取得したものといわなければならない。

二(一)  被告が昭和四二年一二月二六日、原告外一名を被申請人とする動産仮処分事件(当裁判所昭和四二年(ヨ)第七二号)において、本件機械につき原告の占有をといて執行官に保管させる旨の仮処分決定を得てこれを執行し、本件機械を引き揚げたが、原告から本件機械が原告の所有であることを理由として右仮処分決定に対し異議を申し立て(当裁判所昭和四三年(モ)第一三号事件)、右申立が認容された結果、被告は昭和四三年九月一八日に至って本件機械を原告に返還したこと、は当事者間に争いがない。

(二)  そこで、被告が、右のように被保全権利を欠く違法な仮処分を執行したことにつき過失があったかどうかについて検討する。

≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

被告は、昭和四二年一一月下旬頃、本件機械が買主たる小松重機の占有、管理を離れたことを知り、調査した結果同年一二月初頃になって、昭和機材がこれを搬出した事実を探知したので、昭和機材に対し、割賦代金の未済により本件機械の所有権が被告に留保されている事情を説明して返還の交渉を開始した。しかし、被告は、本件機械の所在場所については未だ確知していなかったところ、同月一三日頃、被告の中国地区指定工場である共和工業株式会社の社員から、本件機械が呉市広町二級峡ダムの原告の砂利採取現場に存在する旨の情報を入手した。

被告は、広島近辺に昭和機材の営業所がなく、昭和機材の保管場所としては遠方過ぎるところから、原告に転売されたのではないかとの疑問をいだき、被告大阪支店の建設機械販売担当係員である恒川安正を現地へ派遣して調査させ、その結果、共和工業株式会社と原告との間には建設機械の修理取引があり、原告代表者が同年一一月末頃共和工業株式会社を訪れて昭和機材から本件機械を買入れた旨を説明した事実が判明した。

ところが、被告は、本件機械がさらに他処へ搬出、移動されることを虞れるのあまり、原告が本件機械を買得した事実の有無について原告に直接照会することなく、原告に本件機械の保管を依頼しているに過ぎない旨の鶴亀所長の回答を一方的に鵜呑みにして、昭和四二年一二月二六日前記のとおり仮処分申請をし、その決定を得て執行した。

以上の事実が認められ、右認定を覆し得る証拠はない。

右認定の事実によると、被告は、原告が昭和機材との売買により本件機械の引渡を受けたのではないかという疑念を一応もちながら、この点について原告に直接調査、確認することを全く怠って仮処分申請に及んだものであって、過失の責を免れないものといわなければならない。

三  進んで原告が右仮処分によって蒙った損害について判断する。

(一)  ≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  原告は、本件機械の搬入以前は東洋運搬機六型とクラムシェル各一台を使用して砂利を採取しており、その当時の採取量は、昭和四二年九月が五一六一立方米、一〇月が五九〇〇立方米、一一月が約五一八一立方米であったが、本件機械の使用を開始した後である一二月には約七九〇三立方米と増加した。ところが、仮処分により本件機械を引き揚げられた後は、急な坂道を降りてダムの下から砂利を採取するには本件機械のようなキャタピラーのついた車でなければならなかったところから作業能率が低下し、昭和四三年一月が約五五四一立方米、二月が五二五八立方米、三月が約五七五九立方米、四月が約五六六五立方米、五月が約六三四九立方米、六月が約四九〇三立方米、七月が約四三四五立方米、八月が約三六八三立方米と再び採取量の減少を来たした。

(2)  昭和四二年から同四三年にかけて洗砂一立方米の売却価格は五〇〇円であって、当時生コンクリート業者やアスファルトプラント業者の需要があり、原告が採取する砂利はすべて買い取られていく状況であった。そして、一立方米の売却価格五〇〇円のうち、人件費、燃料費、原価消却費など一切の経費の占める割合は多くとも六割であって、これを差引くと四割が原告の利益であった。

以上の事実が認められ、右認定を覆し得る証拠はない。

右認定の事実によると、原告は前記仮処分のため本件機械を使用できなかったことにより、少くとも原告主張のとおり一ヶ月当り二〇〇〇立方米の砂利採取量の減少を余儀なくされ、その販売純利益四〇万円を喪失して損害を蒙ったものと認めるのが相当である。そして、原告が右仮処分のため本件機械を使用できなかった期間が少くとも原告主張のとおり八ヶ月二〇日間であることは、前記当事者間に争いのない事実(二の(一))に照らして明らかであるから、原告は、右仮処分により本件機械の使用を妨害された結果合計三四六万六六六七円(円未満四捨五入)の得べかりし利益を喪失して同額の損害を蒙ったものといわなければならない。

(二)  次に原告の慰藉料の主張について検討するに、もとより法人についても、その信用の失墜により財産的損害のほか無形の損害を蒙った場合、右損害の賠償を請求し得ることはいうまでもないところであるが、この点に関する原告代表者久保田義男尋問の結果は抽象的で漠然としており、未だ前記仮処分により原告の信用ないし社会的評価がどのように毀損され、その結果営業活動の内容、範囲にいかなる悪影響を及ぼしたかなどの具体的事情はまったく不明であり、他に原告の主張を肯認するに足りる的確な証拠はないから、原告の本主張は採用の限りでない。

四  以上の次第で、被告は、原告が本件機械に対し違法な仮処分を受けたことにより蒙った三四六万六六六七円相当の得べかりし利益喪失による損害の賠償をすべき義務があるから、原告の本訴請求中、三四六万六六六七円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和四四年一月一七日から民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分を正当として認容し、その余の部分を理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九二条を、仮執行の宣言および同免脱の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 平井哲雄 裁判官 島田禮介 山森茂生)

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